もうひとつの不思議なつながり
今から20年前の1988年8月8日、ミャンマーでは学生を中心とした民主化運動がピークに達し、大規模なデモが行われていた。
8月26日にはアウン・サン・スー・チーも民主化を求める演説を行ったものの、1ヵ月後の9月18日、民主化運動は軍事力により鎮圧され、多くの人々が命を落としたといわれている。
当時10歳だった私は、もちろんこんなことが日本の外で起こっているとは露知らず、平凡な小学校生活を送っていた。
その1年後、私は初めてミャンマー人と出会うことになる。
ある日学校から帰ると、母の教え子が何人か家に遊びに来ていた。
その中にミャンマー人留学生が2人ほどいたのだ。
外国人=欧米人という単純な頭しかなかった私は、初めて出会うミャンマー人を失礼ながらも物珍しく眺めていた記憶がある。
そしてその時に聞いたミャンマーの民主化運動の話、自分の友達がある日突然消えた、という話は小学生なりにかなり衝撃的だったことを思い出す。
それから20年近く経ち、この話もすっかり忘れていた頃、私は仕事でミャンマーの開発援助に携わることになった。
そもそもアフリカにしか目が向いていなかった私は、転職後に担当がミャンマーだと聞いて、正直しっくりこなかった。ミャンマーという国に特にイメージも湧かず、ぴんと来なかった。
でも、ある日、ふとあの20年前に家で出会ったミャンマー人留学生のことを思い出し、あの時の実家の食卓での光景と会話が鮮明に蘇ってきた。あの人たちは今頃どうしているのだろう。当時大学生だった彼らはもう40歳くらいにはなっているだろうか。
ちょうど2日前の8月8日、学生デモから20周年ということで、各種メディアは記念日のヤンゴンの様子や、世界各地に亡命したミャンマー人の様子を伝えていた。
私がミャンマー担当になって2ヵ月後、ミャンマーではサイクロンが起こり緊急事態が発生し、どっぷりとミャンマーの仕事につかっている現在、20年前のあの出会いもやっぱり何かの運命だったのかと感じずにはいられない。
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