On s'appelle!
昨夜、久しぶりに携帯に221から始まる番号から電話がかかってきた。
221はセネガルの国番号。
この表示を見た瞬間、「あ!ムスタファだ!」と嬉しく電話をとると、やはりムスタファだった。
ムスタファはセネガルの首都ダカールの中心にある「ケルメル市場」で民芸品を売っている青年で、ジェンベ(太鼓)奏者でもある。私が2年前にダカールに滞在していた時に友人を通じて知り合った人で、私が心底信頼しているセネガル人だ。
実はこのケルメル市場、私はその1年ほど前にも旅行者として訪れたことがあった。この時はお土産を買ってくれとしつこく声をかけられる場所として避けていた。ちょっと立ち寄った時も、声をかけられては、どうせぼったくってくるのだろうと訝しく思い、無視をしていそいそと通り過ぎていた。
その1年後、私はこのケルメル市場にいるムスタファと知り合った。
ムスタファは根っからの優しい性格の持ち主で、人への思いやりは人一倍である。 私はバックパッカーとしてあちこち旅行をしていた時の経験上、あまりにも親切にされると何か裏があるのではないかと疑いたくなる性質なのだが、彼に限っては最初から心底いい人だと思えるほどの何かがにじみ出ていた。
彼は自分が決して裕福ではないのにもかかわらず、私に食事をご馳走してくれたり、私のリサーチ先や滞在する家まで毎日のようにバイクで送ってくれたり、実家に呼んで家族ぐるみで歓待してくれたりした。 それどころか、私と出会う前には、盗難にあって全てを失ったという見知らぬ日本人の旅行者に衣服を買ってあげたり、食事をご馳走したりもしていたという。
困った人を助けるのは当たり前だと言う彼は、逆に自分のことについて全く不平を言わない。というより、きっと彼はどんな状況にあっても不満に思わないのだと思う。 私にも何を見返りを求めるわけでもなく、友人なのだから当たり前だと優しさを施してくれた。
そんなムスタファの携帯に、私は何度かメッセージを送ったことがあった。彼にその日の予定を伝えるためのメッセージだったが、その後会ってその内容をもとに会話をすると、全く話がかみ合わない。メッセージ送ったよね?と言ってもなんだかよくわからない返事である。
その後、ムスタファの携帯にメッセージが届いた時にたまたま横に居合わせた私は、何と書いてあるか読んでくれと彼に頼まれることがあった。そこで私は彼が字が読めないことに気づいてしまった。セネガルのみならず途上国での識字率の低さについてはもちろん承知していたが、パーセンテージとしてただの数字でしか認識していなかった私には、目の前にいる親しい友人が字が読めないという事実を知って正直かなりショックだった。
今の世の中、どんなに離れた国の人とでも簡単にeメールでコミュニケーションが取れるのに、ムスタファとはメールができないということに気づき、「デジタル・ディバイド」と騒ぐ前に、もっと前提となる壁があるという事実を改めて身近に感じることとなった。
でも、その壁というものは、逆に良い方向につながることもある。
セネガルを去った後、ムスタファからたまに電話がかかってくるようになった。メールや手紙でコミュニケーションができないのだから、電話をするしかないのだ。 電話といってもセネガルと日本との携帯電話同士だと、相当高い通話料である。だからいつも向こうからかかってくる時には、ほんの一瞬、"ça va? tu vas bien?" (元気?)そして"On s'appelle!" (また電話かけるね!)と言って終わりである。なんだか生存確認でもしているかのようだが、私はこのムスタファからの電話がとても嬉しい。
ムスタファの生の声が聞こえるだけでなく、バックにケルメル市場の音や、彼の実家のヤギの鳴き声が聞こえたりすると、一瞬にしてセネガルにいるような錯覚に陥る。
"On s'appelle"というフランス語、正確に訳せば「お互いに電話をかけ合う」という意味だ。つまり、自分もかけるけれど、相手にもかけてねという意味が含まれている。
ムスタファが最後にいつも"On s'appelle!" と言う度に、私はもちろん!と言って電話を切る。そしてたまに思い出せばこちらから電話をすることもある。でも、日々の忙しい毎日の中で結局メールに頼ってしまう私は、ついつい電話をすることが延び延びになってしまう。ムスタファはどうしてるかな?とたまにふと思い出すと、たいていムスタファの方から電話がかかってくる。
今度こそ私から電話をかけよう。
1 Comments:
この文章から、「優しい」という言葉だけでは言い表せないムスタファの人間味を感じ、AYNの優しさも感じる。
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